レポートについて
- レポートの題、書き方、資料の調べ方などについて、次週(7/3)に話します。
予定
- 講義:イメージと「視線/まなざし」(続き)
- 絵画のなかのまなざしの往還:ティントレット《スザンナと長老たち》(http://www.khm.at/system2E.html?/staticE/page713.html)におけるまなざし
- 別ヴァージョン:Tintoretto: Suzanna at Her Bath
- ストーリー:「美しい若妻スザンナが沐浴しているときに、長老二人が近寄り、言い寄った。しかし、スザンナは拒絶した。逆恨みした長老たちは、スザンナを姦通罪で訴え、スザンナは死刑になってしまいそうになる。そこで、預言者ダニエルは二人の長老を尋問し、矛盾を暴き、スザンナの無実が実証された。二人の長老は死刑となった」(旧約聖書ダニエル書外典より)。
- 3つのまなざし
- スザンナを「覗き見」る長老たちのまなざし=見返されることのない「非対称」のまなざし
- 鏡を見るスザンナのまなざし=自らを見る:男性のまなざしを内面化したまなざし
- 絵を見る観者のまなざし=メタ・レヴェルのまなざし:ポルノグラフィ?
- 「ジェンダー」とまなざし
- ジェンダー=社会的、文化的に定められた性差(男らしさ/女らしさなど):生物学的な性差(セックス)とは区別される。
- 男性優位のジェンダー構成においては、男性は見る主体であり、女性は見られる対象となる。
- 視線の主体である男性は、「見る」という行為によって女性という「他者」を性格づける。
- 男性(主体)は、女性(他者)に付与したそれぞれの性格(受動的、露出、イメージ、感情、神秘、自然…)の反対語(能動的、窃視、言語、理性、好奇心、文化…)を自らに付与する。
- 「主体」とは先験的に存在する物ではなく、「他者」との関係の網目のうちに構築される物である。
- 「男は行動し、女は見られる。男は女を見る。女は見られている自分自身を見る。これは男女間の関係を決定するばかりでなく、女性の自分自身に対する関係をも決定してしまうだろう。彼女の中の観察者は男であった。そして被観察者は女であった。彼女は自分自身を対象に転化させる。それも視覚の対象にである。つまりそこで彼女は光景となる」(ジョン・バージャー『イメージ Ways of Seeing―視覚とメディア (パルコ・ピクチャーバックス)』)。
- ヌードと裸(ネイキッド)
- オリエンタリズムと視覚的イメージ
- 非西洋へのまなざし:非対称の視線
- オリエンタリズム=ヨーロッパのオリエントに対する支配的言説の様式
- オリエントは…ヨーロッパ人の心のもっとも奥深いところから繰り返したち現れる他者イメージでもあった。そのうえオリエントは、ヨーロッパ(つまり西洋)がみずからを、オリエントと対照をなすイメージ、観念、人格、経験を有するものとして規定するうえで役だった(E・サイード『オリエンタリズム 上 (平凡社ライブラリー)』)。
- マネ《オランピア》の視線
- 絵画のなかのまなざしの往還:ティントレット《スザンナと長老たち》(http://www.khm.at/system2E.html?/staticE/page713.html)におけるまなざし
参考文献
- 「ヌード」について
- リンダ・ニード『ヌードの反美学―美術・猥褻・セクシュアリティ (クリティーク叢書)』
- 『ヴィクトリア朝のアリスたち―ルイス・キャロル写真集』
- 『ヴィクトリアン・ヌード:19世紀英国のモラルと芸術』展図録
- ケネス・クラーク『ザ・ヌード (ちくま学芸文庫)』
- 美術とジェンダー
- グリゼルダ・ポロック『視線と差異―フェミニズムで読む美術史 (ウイメンズブックス)』
- グリゼルダ・ポロック、ロジカ・パーカー『女・アート・イデオロギー―フェミニストが読みなおす芸術表現の歴史 (ウイメンズブックス)』
- 鈴木杜幾子、千野香織、馬渕明子編『美術とジェンダー―非対称の視線』