今朝行ってきたミュージアム
昨日の補足
小松先生からの返事
- 音と声の差異は学問的に議論されるのか?
- 幻聴が発生するのは人間の側の問題か?
- そのとおりです。人間の側が共通してもっている認識の傾向がたくさんあって、すべての幻聴に当てはまる分けではないですが、錯聴のパタンみたいなものが結構あります。あと、ディープな幻聴は、錯聴ではなく、精神心理からくる影響が強いものと思われます。
- 物理的に鳴っている音に比べて電子音は音源特定が難しいのか?
- 「望ましい音の形成」と「サウンドスケープ」との関係性は?
- 本来「サウンドスケープ」という考え方は(ぼくの意見ですが)「人が音風景と感じる現象や窓口」なので、そこに価値観は生じません。サウンドスケープを元にした活動をしている人の多くは、「ある種の理想的な価値観」をもっており、それが結果的に「望ましい音の形成」という解を導こうとしてしまっていると思います。多くの人にある「望ましい音の形成」の由来は、生理的(生存的)な部分から来ていると思います。人が棲む生活空間の中で、危険な状態を感じたり察知する音は、「不快」な音で、その逆は「快」だと思います。具体的に言えば、人の棲息にプラスと感じる自然現象の音は良い音と感じ、生命に危害を及ぼすと感じるすべての音は悪い音と感じるでしょう。(生理レベル、脳レベルで考えるべき深い問題ですね)
- 音響共同体と音分裂症の関係性とは?
- サウンドスケープに含まれる音を人はどのように選別しているのか?
- おっしゃるように「脳科学」的なアプローチは必須だと思います。一つ確実に言えることは、外部から入り込む(音に限らない)情報はあまりにも多すぎるので、脳の内部で「自動的に取捨選択」されています。健全な生命維持のための「フィルター」作用があるわけです。人が受け取りたい(音)情報があれば、それ以外のものは(耳に入っていても)意識上にはのぼらないでしょうし、その音に対して異常なほど関心が高まれば、それを処理するために脳内の多くの部位が活性化し、ある種のホルモン(脳内麻薬)が、形成されると言われています。その結果「酔った」ような現象になるものと思われます。
今日の講義
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- 四日目:9/8(木) 担当:安田昌弘(人文学部准教授:ポピュラー音楽論)
- 第10講 ポピュラー音楽と都市空間(1)
- 第11講 ポピュラー音楽と都市空間(2)
- 第12講 ディスカッション(進行:佐藤)
- 終了後、懇親会Pt.2あり。
- 四日目:9/8(木) 担当:安田昌弘(人文学部准教授:ポピュラー音楽論)